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東京高等裁判所 平成10年(ネ)3067号 判決 1999年8月17日

控訴人(被告・反訴原告)

上野敬光

控訴人(被告・反訴原告)

上野芽来未

右両名訴訟代理人弁護士

中野麻美

宮里邦雄

黒岩容子

被控訴人(原告・反訴被告)

ユニ・フレックス株式会社

右代表者代表取締役

高須浩

右訴訟代理人弁護士

田中裕之

主文

一  原判決中、反訴に関する部分(原判決主文第三項、第四項)を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人上野敬光に対し、金七六万六四二八円及びうち金三八万三二一四円に対する平成八年九月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を、うち金三八万三二一四円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人は、控訴人上野芽来未に対し、金九万七八七五円及びこれに対する平成八年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  控訴人上野敬光の被控訴人に対するその余の反訴請求及び控訴人上野芽来未の被控訴人に対するその余の損害賠償反訴請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人上野敬光と被控訴人との間では、控訴人上野敬光に生じた費用の二〇分の一七と被控訴人に生じた費用の二〇分の一七を控訴人上野敬光の負担とし、その余の費用を被控訴人の負担とし、控訴人上野芽来未と被控訴人との間では、全部被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決中、反訴請求に関する部分を次のように変更する。

二  控訴人上野敬光が、被控訴人に対し雇用された労働者としての労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

三  被控訴人は、控訴人上野敬光に対し、平成八年九月二五日以降毎月二五日限り金二六万四〇〇〇円を支払え。

四  被控訴人は、控訴人上野敬光に対し、金五四九万八九三二円及びうち金四八一万七四六六円に対する平成八年九月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員、うち金六八万一四六六円に対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  被控訴人は、控訴人上野芽来未に対し、金九万七八七五円及びこれに対する平成八年九月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

六  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二当事者双方の請求

一  被控訴人の本訴請求

被控訴人及び控訴人らは、被控訴人と控訴人らとの間の雇用契約に基づく債務が存在しないことを確認する。

二  控訴人らの反訴請求

控訴の趣旨第二項から第五項までと同旨

第三事案の概要

(以下においては、控訴人上野敬光を「控訴人敬光」、控訴人上野芽来未を「控訴人芽来未」という。)

一  本件訴訟の概要及び訴訟の経過

次のように付加するほか、原判決三枚目表末行から三枚目裏八行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決に対する付加)

原判決三枚目裏八行目の次に改行して次のとおり加える。

「 原審裁判所は、まず本訴について、控訴人敬光に対する同控訴人との間の雇用契約に基づく退職金支払債務の存在しないことの確認を求める部分を除き、被控訴人の本訴の訴えを確認の利益がないとして却下し、控訴人敬光に対する右退職金支払債務不存在確認請求については、被控訴人主張の合意解約は認められず、解雇により雇用契約が終了したことについて被控訴人から主張、立証はないとして、同請求を棄却し、他方、反訴について、控訴人敬光は平成七年五月以降被控訴人において労務を遂行する意思があったとは認められないとして、控訴人敬光の賃金請求を棄却し、時間外労働割増賃金及び深夜労働割増賃金の請求について、右各割増賃金合計四万〇七一五円及び労働基準法一一四条の付加金四万〇七一五円と、これらに対する遅延損害金の請求を認容し、控訴人敬光のその他の請求及び控訴人芽来未の請求を棄却した。

そこで、控訴人らがこれを不服として控訴し、原判決中控訴人らの反訴請求に関する部分を変更して、控訴人らの請求を全部認容するよう求めた。これに対し、被控訴人からは不服の申立がないので、当審における審理の対象は、反訴請求の当否である。」

二  前提となる事実(争いのない事実等)

原判決「事実及び理由」欄第二「事案の概要」の一「前提となる事実」(原判決三枚目裏末行から四枚目裏九行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

三  争点

原判決「事実及び理由」欄第二「事案の概要」の二「争点」(原判決四枚目裏末行から五枚目表一〇行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、本訴請求に関する部分を除く。)。

第四当事者の主張

原判決「事実及び理由」欄第三「当事者の主張」(原判決六枚目裏四行目から一五枚目表七行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

第五当裁判所の判断

一  控訴人敬光の地位確認請求(控訴の趣旨第二項)について

1  控訴人敬光が平成六年一月一七日に「前提となる事実」2の約定で被控訴人に雇用され、営業部に配属されて営業に従事したことは、当事者間に争いがない。被控訴人は、控訴人敬光との間で平成七年四月三日に、同月三〇日をもって本件雇用契約を合意解約した旨主張するのに対し、控訴人敬光は、被控訴人は平成七年四月三日に、同月三〇日付けで控訴人敬光を解雇した旨主張して、被控訴人の主張を争っているので、次の2以下においてこの点について検討する。

2  (証拠・人証略)、控訴人敬光の原審及び当審供述並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 控訴人敬光の賃金は、主として基本給、住宅手当及び営業手当(ただし、営業手当は、当時は試用期間経過後に支給されることになっていた。)から成っていたが、控訴人敬光は、試用期間経過後の平成六年四月支給分の給料から、営業手当として一か月四万円を支給されることになった。

(二) 営業手当は、三か月間の営業実績等を評価して決定されることになっており、被控訴人は、次の営業手当の評価に際し、控訴人敬光の営業実績が低いと評価して、平成六年八月支給分から控訴人敬光の営業手当を一か月二万円に減額した。

(三) 控訴人敬光は、多くの残業をしながら、会議(ミーティング)への出席以外には残業手当が支給されないこと(後記三1(二)(3)参照)に、かねてから疑問と不満を抱いていたが、右のとおり平成六年八月支給分から営業手当が二万円に減額されたことから、さらに不満を強めた。そこで、控訴人敬光は、同年一一月これらの点について労働基準監督署に相談し、翌平成七年一月資料を添えて正式に申告した。

なお、控訴人敬光は、平成七年二月以降はスタッフフォロー業務(その内容は後記のとおり。)をしなかった。

(四) 右申告を受け、労働基準監督署から被控訴人に事情聴取等が行われ、平成七年二月一三日、被控訴人に対し営業手当等に関し是正勧告が行われた。被控訴人は、この是正勧告を受け、平成六年八月支給分から平成七年二月支給分までの営業手当の不足分として一か月一万円合計七万円を、平成七年三月の給料支給の際控訴人敬光に対し支払った。

(五) 被控訴人は、控訴人敬光の営業実績について不満を持っていた上に、控訴人敬光に労働基準監督署に申告され、監督署から是正勧告を受けたことで、さらに反感を強めた。

平成七年三月初旬ないし中旬、被控訴人の営業部長花井と控訴人敬光との間で個別面談が行われた。この面談においては、労働基準監督署からの是正勧告の点にも話が及び、双方とも不満ないし反感が募っていた状況であり、また、営業手当の不足分についての監督署の是正勧告に関し控訴人敬光が花井に謝罪を求めたことなどから、感情的な言葉のやりとりも行われた。その結果、合意解約か一方的な解雇かは別として、近い将来控訴人敬光が被控訴人を退職することに話が及び、花井から控訴人敬光に対し、近々の退職を前提に、同控訴人が担当している現顧客を他の営業担当者に引き継ぐよう指示がされ、同控訴人もこれを承諾した。

そこで、控訴人敬光は、一緒に顧客先を訪問するなど、営業担当者に対し現顧客の引継ぎの手続を行い、四月初めにはこれを終了した。

(六) 現顧客の引継ぎが完了した後の四月三日、再び花井と控訴人敬光との個別面談が行われた。花井からは、四月三〇日をもって退職とする旨の方針が伝えられ、控訴人敬光に対し全顧客名簿の整理等の残務整理が指示された。控訴人敬光からは、花井に対し、不景気な状況であるから、雇用保険をすぐに受給できるようにしてほしいとの希望が述べられ、花井もこれを了承した。

そこで、控訴人敬光は、花井の指示に従って、四月三〇日までの間指示された残務整理を行った。そして、控訴人敬光の退職が、四月六日の定例ミーティングにおいて全従業員に発表され、四月二一日には、控訴人敬光ほか一名の送別及び新入社員の歓迎の会が被控訴人主催で開かれ、控訴人敬光は、その席で退職を前提とする挨拶をした。

控訴人敬光は、四月三〇日までにすべての残務整理を終え、同日退社した後は、五月一日以降出社しなかった。被控訴人も、控訴人敬光が四月三〇日をもって退職した旨の処理をした。後に控訴人敬光に交付された離職票にも、離職年月日が平成七年四月三〇日と記載されている。

控訴人敬光は、被控訴人が借り上げ同控訴人に貸与していた社宅に居住していたが、そのころ、被控訴人から退去を求められた。そこで、控訴人が被控訴人及び所有者の花井と交渉した結果、六か月間は引き続き借り受けるかわりに、使用料は、社宅としての使用料月額四万円よりも高い月額七万円とする旨の合意が成立した。

その後、被控訴人から控訴人に五月二三日付けの離職票が交付されたが、離職理由は「解雇」と記載されていた。この記載は、控訴人敬光の希望等によるものではなく、被控訴人の判断に基づくものであった。

(七) 控訴人敬光は、直ちに就職先を探し、五月中旬ころ「エム・シー・シー」という会社に就職した。

他方、控訴人敬光には、被控訴人を不当に解雇されたという思いが強く、納得ができなかったので、被控訴人と必要な交渉をすべく、支援してくれる団体を探し、五月二〇日ころ労働組合東京ユニオンに加入した。そして、五月三〇日、東京ユニオンは、被控訴人に対し、控訴人敬光の件に関し要求書を提出して話合い(団体交渉)を求めた。同要求書には、具体的な要求事項として、<1>控訴人敬光に対する不当解雇を撤回するとともに、不当解雇により同控訴人の生活に甚大な損害を与え、また精神的に多大な損害を与えたことについて謝罪し、慰謝料を含む解決金を支払うこと、<2>控訴人敬光に対し営業手当の未払分を早急に支払うこと、<3>控訴人敬光に対し所定時間外労働手当の未払分を早急に支払うことが記載されている(平成七年八月一一日付け要求書にも、控訴人敬光に関して同趣旨の記載がある。)。

六月七日、控訴人敬光側からは同控訴人と東京ユニオン書記次長の関根秀一郎が、被控訴人側からは被控訴人代表取締役社長の高須浩が出席して、話合いが行われた。その席上で、高須は、控訴人敬光側の解雇撤回要求に対し、解雇理由は、同控訴人が一生懸命仕事をやる意思がないこと、業務命令を順守しないことであり、具体的には、顧客の新規開拓をしなかったこと、スタッフフォロー業務をしなかったことが上(ママ)げられるなどと説明した。

第二回目の話合いは、六月二三日に前回と同じメンバーで行われた。この席上、被控訴人は、控訴人敬光の退職事由について、前回の説明を全面的に覆し、控訴人敬光から辞める旨の意思表示がされ、被控訴人も控訴人敬光に辞めてほしいとの意思があって、話合いがまとまったなどと説明した。

3  そこで、右2に認定した事実に基づいて検討する。

(一) 控訴人敬光の退職の点が被控訴人と同控訴人との間で初めて問題になったのは、平成七年三月の個別面談の際であるが、右2に認定の事実経過、特に、双方互いに不満と反感を抱いていた状況であったこと、当日控訴人敬光が謝罪を求め、花井の反感がさらに募ったと考えられること、労働組合東京ユニオンとの第一回目の話合いにおいて、被控訴人が控訴人敬光の退職事由が解雇であることを前提に解雇事由を説明していることなどの事情に、(証拠略)、控訴人敬光の原審及び当審供述を併せると、当日の退職の話は、感情的なやりとりの末、反感を募らせた花井が退職を求める言動をしたことをきっかけに持ち上がったものであったと認めるのが相当である。

(二) これに対し、控訴人が積極的に退職を希望したり、明確に退職を承諾したりしたものとはにわかに認め難いが(<証拠・人証略>中、この点に関する部分は採用できない。)、次のようなその後の事情、すなわち、当日のやりとりの結果、近々退職することを前提に、花井が控訴人敬光に対し同控訴人が担当している現顧客を他の営業担当者に引き継ぐよう指示がされ、同控訴人もこれを承諾したこと、その後控訴人敬光は花井に指示されたとおり現顧客の引継ぎを行い、その他の残務処理を行い、歓送迎会に出席して退職を前提とする挨拶をし、四月三〇日を最後に出社しなくなり、社宅も六か月間後には明け渡すことにしたこと、控訴人敬光は直ちに求職活動を行い、五月中旬には他の会社に就職していること、その後五月三〇日付けで被控訴人に提出された要求書にも、不当解雇の撤回と慰謝料を含む解決金の支払の要求は明示されているものの、原職復帰は明示されていないことなどの事情に照らすと、控訴人敬光は、平成七年三月の花井との個別面談の際、花井の退職要求に対し、不承不承ではあるものの近々の退職を承諾して引継ぎの指示を受け入れ、その後退職に向け必要な引継ぎ等を行い、四月三日の個別面談の際に四月三〇日限りの退職を最終的に承諾し、その後も残務整理等を行い、花井によって指示された四月三〇日をもって出社しなくなり、その後直ちに他の会社に就職したものと認めるのが相当である。

(証拠略)、控訴人敬光の原審及び当審供述中、右認定に反する部分は採用することができない。また、被控訴人において離職票に退職事由として「解雇」と記載したことについては、すぐ解雇手当がもらえるようにとの配慮である旨の被控訴人の主張(原審証人<人証略>の証言中には、これに沿う部分がある。)も一概に排斥できないし、本件合意解約が、被控訴人による退職要求を控訴人が受け入れる形で成立したとの経緯に照らせば、これを「解雇」と表現することが全く事実に反するというものでもないから、この離職票の記載によって、本件雇用契約が合意解約によって終了したとの前記判断を左右するものではない。

しかるところ、このように控訴人敬光が不承不承ではあっても花井の退職要求を受け入れたことについては、前記認定のような被控訴人会社の控訴人敬光に対する各種対応に、控訴人敬光自身不満を持ち、反発しながらも、他方では被控訴人会社で働き続ける意欲を次第に失い、会社を替わった方がよいとの気持ちを持つに至っていたという背景があったものと推測される。

(三) 以上によれば、本件雇用契約は、平成七年四月三日に控訴人敬光と被控訴人との間で同月三〇日をもって同契約を解約する旨の合意がされたことにより、四月三〇日の経過をもって合意解約されたものというべきである。そして、本件においては、右合意解約の効力を妨げる事情について主張、立証は存在しない。

したがって、控訴人敬光は、平成七年四月三〇日限りで、被控訴人に雇用された労働者としての労働契約上の権利を有する地位を喪失したものであるから、控訴人敬光がこの地位にあることの確認を求める同控訴人の請求は理由がない。

二  控訴人敬光の賃金請求(控訴の趣旨第三項、第四項)について

前示のとおり、本件雇用契約は、被控訴人と控訴人敬光との間で平成七年四月末日限りで合意解約されたものであるから、同年五月一日以降控訴人敬光に被控訴人に対する賃金請求権が発生することはなく、控訴人敬光の賃金請求は理由がない。

三  控訴人敬光の時間外割増賃金及び深夜労働割増賃金並びに付加金の請求(控訴の趣旨第四項)について

1  時間外労働手当(時間外労働割増賃金)及び深夜労働手当(深夜労働割増賃金)の額について

(一) 請求できる期間

後述するように、控訴人敬光の時間外労働手当及び深夜労働手当の請求権の時効が中断したのは、控訴人敬光が平成八年七月一日に同日付け準備書面を原審裁判所に提出した時であるから、これらの手当の請求権のうち、平成六年六月三〇日以前に履行期が到来していたものは、時効により消滅したというべきである。

時間外労働手当及び深夜労働手当が、当日末日締切りで翌月の賃金支払日である二五日に支払われるものであることは当事者間に争いがないから、平成六年六月二五日が履行期である同年五月分(同年五月一日から同月三一日までの分)以前の時間外労働手当及び深夜労働手当の請求権は時効により消滅したことになる。したがって、控訴人敬光が本件訴訟において請求できる右各手当は、支給日が平成六年七月二五日である同年六月分(同年六月一日から同月三〇日までの分)以降の分ということになる(なお、終期は、控訴人敬光が時間外労働手当等を請求する平成七年一月分(同年一月一日から同月三一日までの分)までであり、以下においては、平成六年六月一日から平成七年一月三一日までを「本件計算期間」という。)。

(二) 時間外労働単価及び深夜労働単価

(1) (証拠略)によれば、本件計算期間について、基本給は二一万八〇〇〇円、住宅手当は一万円であったことが認められる。これらは、労働基準法三七条四項、労働基準法施行規則二一条の規定に照らし、割増賃金の基礎となる賃金(労働基準法三七条一項にいう「通常の労働時間又は労働日の賃金」)に該当するということができる。

(2) 次に、(証拠・人証略)及び控訴人敬光の原審供述によれば、控訴人敬光について、平成六年四月から七月までに支給された給料においては毎月四万円の、平成六年八月から平成七年二月までに支給された給料においては毎月二万円の、平成七年三月以降に支給された給料においては毎月三万円の営業手当がそれぞれ支給されていたこと、このように営業手当の支給額が平成六年八月支給分から毎月二万円に減額されたことについて、控訴人敬光はこれを不服とし、労働基準監督署にその是正指導等を申告したところ、被控訴人は労働基準監督署から、営業手当を就業規則(賃金規程一五条)に規定された範囲(三万円から五万円)内で支払うよう勧告を受け、平成七年三月支給の給料において、平成六年八月から同年二月までの支給分に関し、一か月一万円の七か月分合計七万円を追加支給したことが認められる。この事実によれば、本件計算期間のうち、平成六年六、七月分については毎月四万円の、同年八月分以降は毎月三万円の営業手当が支給されていたものと扱うのが相当である。

(3) ところで、この営業手当を時間外労働単価及び深夜労働単価算定の基礎となる賃金に含めるべきかどうかについて争いがあるので、以下検討する。

(ア) (証拠・人証略)(人証略)によれば、次の事実を認めることができる。原審証人(人証略)の証言中、この認定に反する部分は、その他の各証拠に照らし採用することができない。

<1> 従来、被控訴人の就業規則中の賃金規程においては、営業については「会議及びスタッフフォロー業務のみを時間外労働割増賃金の対象とする。」とされ(一三条<2>)、また、営業手当は、「営業担当者の営業業務に対して、試用期間の三ケ月を経過後その職務能力に応じて支給する。この場合、時間外手当は支給しない。」とされていた(一五条)。

<2> ここでいうスタッフフォロー業務とは、被控訴人に派遣労働者として登録されている者(スタッフ)の中から、派遣先に派遣することができる労働者を選択するために、スケジュール管理、教育、指導、コミュニケーション、希望や技能の確認等を行う業務であり、スタッフの管理を目的とする業務である。控訴人においては、従来営業職の従業員等が週一回三時間の割合で行っていた。この業務は、スタッフに電話で連絡をとる必要があることから、被控訴人はこれを午後六時以降に行うこととし、残業手当を支払っていた。

ところが、残業手当の支払を受けながらスタッフフォロー業務を十分遂行していない実情があったとして、被控訴人は、平成四年一一月以降取扱いを変更し、従来の営業手当に、従来の残業手当の支給額を参考として決定された一定額を加算した額を営業手当として支給することとし、スタッフフォロー業務について残業手当を支給することを取り止め、残業手当は会議についてのみ支給することとした。そして、取扱変更後の営業手当の額は、各従業員について、三か月ごとに被控訴人において、設定された目標に対する実際の売上高や新規顧客開拓数等を中心とした営業成績ないし営業実績の評価を行い、営業手当に関する賃金規程の規定(一五条)における金額の範囲にかかわらずこれを決定することになった。評価の判断材料は、七、八割の比重で右の営業成績が重要視され、他方時間外の労働を何時間行ったのかという点は考慮されなかった。そこで、右取扱変更後においては、営業手当として一か月八万円の支給を受ける者があった反面、平成六年八月支給分以降の控訴人敬光のように、賃金規程の範囲をさらに下回る一か月二万円の営業手当を支給されるのみである場合も生じることとなった(なお、控訴人敬光については、後に、労働基準監督署の指導により三万円との差額が支払われた。)。

しかし、この取扱変更による残業手当の減額分と、営業手当の増額分とを比較すると、全員について後者が前者よりも少なくなり、全体収入は減額となる結果となった。

<3> 被控訴人は、右のように営業手当及び残業手当について取扱いを変更した後も、賃金規程中、時間外労働割増賃金、休日労働割増賃金に関する一三条<2>、営業手当に関する一五条の各規定を改めないままにしていた。その後被控訴人は、平成六年一二月一日以降、試用期間中も営業手当を支給することとして、賃金規程をその旨変更し(賃金規程第一五条中、「試用期間の三ケ月を経過後」という部分を削除した。)、担当部署である管理部から各部署宛に変更の文書が配布されたが、平成四年一一月における前記残業手当及び営業手当に関する取扱変更については、その際にも関係規定は改められなかった。

(イ) 右認定の事実によれば、平成四年一一月における残業手当及び営業手当に関する取扱変更については、就業規則の関係規定を改めなかったため、右変更後の取扱いは、賃金規程の関係規定に反するものであったというべきである。

この点に関し、(証拠・人証略)には、被控訴人が従業員との間で取扱変更について合意をしており、控訴人敬光との間でもその旨の合意をしたと受け取れる部分があるが、(証拠略)及び控訴人敬光の原審供述に照らし、たやすく採用することができず、他に被控訴人と控訴人敬光との間で右合意がされた事実を認めるに足りる証拠はない。

のみならず、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分について無効であり、無効となった部分は就業規則で定める基準による(労働基準法九三条)から、仮にその取扱変更について控訴人敬光と被控訴人との間で合意がされたとしても、その合意は無効であるというべきである。

(ウ) そこで、このような前提の下に、控訴人敬光が本件計算期間(平成六年六月一日から平成七年一月三一日まで)において支給された営業手当について、これが時間外労働手当(時間外労働割増賃金)及び深夜労働手当(深夜労働割増賃金)の計算の前提となる「賃金」に含まれるかどうか検討する。

前記認定の事実によれば、平成四年一一月の取扱変更以前の営業手当は、営業職の技能に対する手当であったと解するのが相当であるところ、取扱変更後の営業手当は、前記認定の変更の経緯、変更後の営業手当の決定の基準等に照らすと、従来からの技能に対する手当という性格に、営業実績に対する手当という性格を加えたものとして支給されるに至ったと認めるのが相当である。被控訴人は、時間外のスタッフフォロー業務に対する対価は、取扱変更後の営業手当に含まれると主張し、(証拠・人証略)にはこの主張に沿う部分がある。確かに、取扱変更に際しての営業手当額の決定においては、スタッフフォロー業務等に係る時間外労働割増賃金の額が重要な事情として考慮されたものと認められるが、その後の運用においては、営業手当の額を決定する際の前提事情としては、その七、八割の比重で実際の売上高、新規顧客開拓数等の営業成績が考慮されていたのであり、時間外労働の時間は考慮されていなかったのであるから、個別の事案においてはともかく、一般的には、変更後の営業手当は、主として営業職の技能に対する手当及び営業実績に対する手当としての性格を有するものであり、時間外労働に対する対価部分が右営業手当に含まれていたということはできない。そして、控訴人敬光は、前記認定のとおり、本件計算期間中の平成六年八月一日から平成七年一月三一日までは、営業手当として一か月三万円を支給されていたところ、右の金額は賃金規程に規定された(旧)営業手当の最下限の額である上、現実には、平成六年八月支給分から平成七年二月支給分までにおいては、賃金規程が規定する三万円の下限を下回る一か月二万円の営業手当を支給されていたにとどまるのである。

これらの事実によれば、本件計算期間内の控訴人敬光の営業手当に時間外ないし深夜のスタッフフォロー業務に対する対価部分(残業手当部分)が含まれていたと認めることはできない。

(エ) 以上によれば、本件計算期間中の営業手当(一か月三万円)は、時間外労働単価及び深夜労働単価算定の基礎となる賃金に含めるべきであり、また、この営業手当の支給によって、時間外労働手当及び深夜労働手当の一部が支払われたと認めることもできない。

そうすると、本件計算期間中における時間外労働単価等の算定の基礎となる賃金は、次のとおりとなる。

<1> 平成六年六、七月分

基本給(二一万八〇〇〇円)、住宅手当(一万円)に営業手当四万円を加えた一か月二六万八〇〇〇円

<2> 平成六年八月分から平成七年一月分まで

基本給(二一万八〇〇〇円)、住宅手当(一万円)に営業手当三万円を加えた一か月二五万八〇〇〇円

(4) ところで、割増賃金算定の基礎となる一時間当たりの賃金は、賃金が月によって定められている場合には、その額を一年間における一月平均所定労働時間数で除した金額とすべきであるところ(労働基準法施行規則一九条一項四号)、控訴人敬光は、年間の労働日数を二四五日とし、これに一日の労働時間八時間を乗じたものの一二分の一(計算上一六三・三時間となる。)をもって一月平均所定労働時間数としているが、(証拠略)によれば、被控訴人においては、割増賃金の前提となる賃金の計算においては、就業規則上一月平均の所定労働時間を一六〇時間としていることが認められるから、基礎賃金額はこれによって計算するのが相当である。

そうすると、本件計算期間中の割増賃金計算の基礎となる一時間当たりの賃金額及びこれに基づく時間外労働単価(時間外労働割増賃金の単価)及び深夜労働単価(深夜労働割増賃金の単価)は、次のとおりとなる(円未満四捨五入。以下同じ。)。

<1> 平成六年六、七月分

賃金額一六七五円(二六万八〇〇〇円を一六〇で除したもの)

時間外労働単価二〇九四円(右賃金額の一・二五倍)

深夜労働単価二五一三円(右賃金額の一・五倍)

<2> 平成六年八月分から平成七年一月分まで

賃金額一六一三円(二五万八〇〇〇円を一六〇で除したもの)

時間外労働単価二〇一六円(右賃金額の一・二五倍)

深夜労働単価二四二〇円(右賃金額の一・五倍)

(三) 控訴人の時間外労働及び深夜労働の時間数

(1) 本件雇用契約において定められた控訴人敬光の勤務時間が午前九時から午後六時まで(うち休憩一時間)であることは、当事者間に争いがない。

ところで、(証拠略)、控訴人敬光の原審供述によれば、控訴人敬光は、勤務時間中は契約書の作成、電話の応対、顧客回り等をして、夕方帰社してから書類の整理等の必要な業務を遂行するほか、被控訴人から命じられたとおり、スタッフフォロー業務を遂行し、また、毎週木曜日午後五時三〇分から行われるミーティングに参加していたことが認められる。また、(証拠略)によると、控訴人敬光の出社時刻は、始業時刻の一五分前である午前八時四五分から始業時刻である午前九時までの間にほとんどが集中していることが認められるところ、このような出社時刻の状況は、午前九時から仕事を開始する場合に、その開始前に出勤して執務態勢を整えるために通常人がとると思われる行動パターンに符合するから、このような場合には控訴人敬光が被控訴人の指揮監督下において労務を遂行したものと認めることはできない。しかし、これとは異なり一五分の倍の三〇分以上前に出社した場合には、業務の必要があって早く出社したものと推認することができるから、控訴人敬光が被控訴人の指揮監督下において労務を遂行したものと認めるのが相当である。また、退社時刻は必ずしもその時刻まで時間外労働をしていたことを示すものではないが、出社の場合と同様の趣旨で、午後六時三〇分を超えて退社した場合には、業務遂行の必要があって被控訴人の指揮監督下において時間外の労働をしたものと推認することができる。

そこで、以上のような基準に基づき、(証拠略)によって時間外労働時間時間(ママ)数及び深夜労働時間数を算出すると、次の(2)ないし(9)のとおりであると認めることができる(なお、最終的な時間外労働時間数については、一〇分未満は四捨五入した。)。

(2) 平成六年六月一日から同月三〇日までの分(同年七月二五日支給分)

時間外労働時間数は三五時間一九分であり、時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計七時間を控除すると、時間外労働時間数は二八時間二〇分となる。深夜労働時間数は控訴人敬光の主張する一五分を下回らない。

(3) 平成六年七月一日から同月三一日までの分(同年八月二五日支給分)

時間外労働時間数は三一時間五四分であり、時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計六時間を控除すると、時間外労働時間数は二五時間五〇分となる。また、深夜労働時間数は三〇分である。

(4) 平成六年八月一日から同月三一日までの分(同年九月二五日支給分)

時間外労働時間数は三五時間三三分であり、時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計五時間三〇分を控除すると、時間外労働時間数は三〇時間分となる。また、深夜労働時間数は五分である。

(5) 平成六年九月一日から同月三〇日までの分(同年一〇月二五日支給分)

時間外労働時間数は三六時間二一分であり、時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計三時間三〇分を控除すると、時間外労働時間数は三二時間五〇分となる。また、深夜労働時間数は控訴人敬光の主張する五分を下回らない。

(6) 平成六年一〇月一日から同月三一日までの分(同年一一月二五日支給分)

時間外労働時間数は二〇時間五四分であり、時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間一時間を控除すると、時間外労働時間数は一九時間五〇分となる。

(7) 平成六年一一月一日から同月三〇日までの分(同年一二月二五日支給分)

時間外労働時間数は一六時間四〇分であり、時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計二時間を控除すると、時間外労働時間数は一四時間四〇分となる。

(8) 平成六年一二月一日から同月三一日までの分(平成七年一月二五日支給分)

時間外労働時間数は二〇時間一六分であり、時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間合計一時間を控除すると、時間外労働時間数は一九時間二〇分となる。

(9) 平成七年一月一日から同月三一日までの分(同年二月二五日支給分)

時間外労働時間数は一八時間〇八分であり、時間外手当の支給対象となった時間外ミーティングの時間三〇分を控除すると、時間外労働時間数は一七時間四〇分となる。また、深夜労働時間数は五〇分である。

(四)控訴人の時間外労働手当及び深夜労働手当の金額

以上認定したところに基づいて、本件計算期間中の時間外労働手当(時間外労働割増賃金)及び深夜労働手当(深夜労働割増賃金)の金額を算出すると、本判決の別紙計算書(略、以下同じ)の表(1)記載のとおりとなる。これに対し、控訴人敬光の主張する時間外労働手当及び深夜労働手当の金額は原判決別紙<1>記載のとおりであり、このうち本件計算期間の分を摘記すると本判決別紙計算書の表(2)記載のとおりであって、これと表(1)の計算結果を対比すると、深夜労働手当並びに平成六年六月、八月、九月分及び平成七年一月分の時間外労働手当に係る請求は、表(1)の金額の範囲内にあるから正当であるが、平成六年七月分及び同年一〇月ないし一二月分の時間外労働手当に係る請求のうち、表(1)の金額を超える部分は理由がない。そこで、右理由のある時間外労働手当及び深夜労働手当の金額をまとめて表示すると本判決別紙計算書の表(3)記載のとおりであって、合計三八万三二一四円(そのうち時間外労働手当が三七万九〇三九円、深夜労働手当が四一七五円)となる。

なお、被控訴人の就業規則(賃金規程)一三条<2>は、「営業は、会議及びスタッフフォロー業務のみを時間外労働割増賃金の対象とする。」と定めており、それ以外の時間外労働(ここでいう「時間外労働」には、時間外労働で、かつ、深夜に及ぶ労働(本件における「深夜労働」)を含む趣旨と解される。)には割増賃金を支払わない趣旨にも読めるが、そうであるとすれば、その限りで同規定は労働基準法三七条一項に違反して無効であり、同条項の定める基準が労働契約の内容となるから(労働基準法一三条)、同法三七条一項の定める時間外労働に該当するものであれば、控訴人敬光は時間外労働手当及び深夜労働手当を請求することができるものというべきである。

2  弁済の抗弁について

(一) 営業手当の支払による弁済の抗弁について

前示のとおり、右各割増賃金の計算期間について控訴人敬光に支給された営業手当は、時間外割増賃金の支払としての性格があったとは認められないから、被控訴人の右主張は理由がない。

(二) 七一〇五円の支払による弁済の抗弁について

(証拠・人証略)によれば、被控訴人は控訴人敬光に対し平成七年七月二六日に残業手当として七一〇五円を支払ったことが認められるが、右の証拠及び被控訴人の主張自体からしても、これは平成六年六月一日以降の本件計算期間よりも前の試用期間中の時間外労働に対し支払われたものと認められるから、右1の(四)の時間外労働手当及び深夜労働手当から差し引くべきものではない。控訴人の右主張も理由がない。

3  時効の抗弁について

(一) 被控訴人が控訴人敬光に対して提起した雇用契約上の債務不存在確認の訴えに対して、控訴人敬光は、その反論として、時間外労働手当及び深夜労働手当(各手当の根拠となる時間数及び金額は、原判決別紙<1>の記載と同じである。)の請求権を有している旨を記載した平成八年七月一日付け準備書面を同日原審裁判所に提出し、さらに同年九月四日、被控訴人に対し、右準備書面に記載されているのと同じ時間外労働手当及び深夜労働手当の支払を求める反訴を提起したことは、当裁判所に顕著である。このように、債務不存在確認の訴えを提起された被告が、債権の存在を主張する準備書面を提出して原告の請求を争い、後にこれと同じ債権に係る反訴請求の訴えを提起したときは、右準備書面を裁判所に提出した時をもって、右債権の消滅時効は中断したものというべきであり、そうすると、本件の場合、平成八年七月一日に時間外労働手当及び深夜労働手当の時効が中断したことになる。

控訴人敬光は、同控訴人が裁判上の請求をしたのは、反訴提起に先立つ答弁書の提出の時(平成八年五月二七日)とみるべきである旨主張する。しかし、被控訴人による本訴は、控訴人敬光が、その請求金額は不明であるものの労働基準局に対し未払の残業手当があると申し立てているとして、被控訴人と控訴人敬光との間の雇用契約に基づき債務が存在しないことの確認を求めるもので、不存在を求める債務が特定しておらず、答弁書においても、被控訴人の本訴請求は特定を欠くとして訴えの却下を求めるとともに、予備的に被控訴人の主張は全面的に争うとしているに過ぎず、債権の存在を特定して権利主張をしたものではないから、控訴人敬光が、右答弁書の提出によって、本件の未払時間外労働割増賃金等を主張したものということはできない。したがって、控訴人敬光の右主張は理由がない。

(二) 控訴人敬光は、同控訴人が平成七年一〇月一二日ころ中央労働基準監督署長に対し時間外労働手当の未払について指導・勧告等を求めたことが民法一四九条の裁判上の請求に当たると主張する。

(証拠略)によれは、控訴人敬光が、平成七年一〇月一二日ころ中央労働基準監督署長に対し被控訴人の時間外労働手当の未払について指導、勧告等を求めたことが認められるが、労働基準監督署における手続は裁判上の手続とはいえないから、控訴人の右行為をもって民法一四九条の裁判上の請求に当たるということはできない。

(三) 控訴人敬光は、平成七年一〇月一二日に中央労働基準監督署長に対し被控訴人の時間外労働手当の未払について指導、勧告等を求めた時に被控訴人に対する催告があったと主張する。しかし、控訴人敬光の右行為は、行政機関である労働基準監督署長に指導等を求めたもので、債務者である被控訴人に対する意思の通知である催告とはいうことができない。

また、控訴人敬光は、当審において、中央労働基準監督署の担当官が控訴人敬光の申告に基づいて平成八年二月一四日に花井部長に面会し、控訴人敬光が時間外労働手当の支払を求めていることを伝えたことにより、催告があったと主張する。しかし、この担当官の行為は、労働基準監督署の手続を進める上で必要な範囲で申告者である控訴人敬光の希望を伝えたものに過ぎなかったと認められ、行為の態様自体、被控訴人に対する意思の通知である催告とはいい難いし、控訴人敬光の主張する未払時間外労働手当の額等の詳細が伝えられているとは認められない(被控訴人が提起した本訴の訴状においても、控訴人敬光の請求する金額の詳細は不明であるとされている。)から、この間の一連の事実経過をもって催告があったということはできない。

(四) 控訴人敬光は、被控訴人による消滅時効の援用は信義則に反する旨主張する。

しかし、本件において右時効の援用が信義則違反であるとすべき事情は認められない。よって、控訴人敬光の右主張は理由がない。

(五) 以上によれば、控訴人敬光の被控訴人に対する時間外労働手当及び深夜労働手当の各債権に係る消滅時効は平成八年七月一日に中断したというべきである。前示のとおり、右各手当の履行期は、月の一日から末日までの分について翌月二五日となっていたから、平成六年六月三〇日以前に履行期が到来していた同年五月分(五月一日から同月三一日までの時間外労働及び深夜労働に係るもので、同年六月二五日が履行期である。)以前の各労働手当債権は、時効により消滅したことになる。したがって、時効消滅していない各労働手当債権は、平成六年七月二五日に支給日が到来する平成六年六月一日以降の分ということになる。

4  まとめ

よって、右時間外労働手当及び深夜労働手当の支払を求める控訴人敬光の請求は、三八万三八一二円とこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成八年九月一〇日以降の商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

5  付加金の請求について

以上の説示によれば、労働基準法一一四条に基づく控訴人の付加金請求は、三八万三八一二円とこれに対する本判決確定の日の翌日以降の民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。なお、被控訴人敬光の前記平成八年七月一日付け準備書面には、時間外労働手当及び深夜労働手当とともにこれと同額の付加金の請求権を有している旨の記載があり、この準備書面がそのころ被控訴人代理人に交付されたことは、当裁判所に顕著である。

四  控訴人芽来未の請求(控訴の趣旨第五項)について

1  (証拠略)、控訴人芽来未の当審供述及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 控訴人芽来未は、平成六年九月に被控訴人に登録し、被控訴人の指示により、同月一六日から派遣労働者として瀧本株式会社東京店(東京都江戸川区<以下略>)に勤務した。そして、同控訴人は、平成六年九月一六日以降平成七年六月一六日まで被控訴人に継続して在籍し、その間継続して右瀧本株式会社に勤務した。

(二) 被控訴人は、派遣労働者に対し、半月ごとのタイムカード用紙をあらかじめ送付し、派遣労働者が、これに勤務の開始時刻、終了時刻、休憩時間、時間内労働、時間外労働、欠勤等の就業状況を記入し、派遣先担当者の確認の署名を得て被控訴人に送り返し、被控訴人がこれに基づき給与を計算し支給するという方式をとっていた。年次有給休暇については、被控訴人において、その権利を取得したと判断した者に年休の日数分のチケット(申請用紙)をあらかじめ送付し、これに基づき派遣労働者が年次有給休暇を取得する方式をとっていた。

病気など事前に予測できないやむを得ない事由によって、直前又は当日に有給休暇を取りたいときには、半月分のタイムカードを被控訴人に送付する際、右チケットに必要事項を記入しこれを併せて送付すれば、被控訴人において、申告された日を事後的に有給休暇として処理する取扱いがされていた。

(三) 控訴人芽来未は、瀧本株式会社に勤務して六か月が経過した後の平成七年三月二五日に、体調が悪くて同会社を休まざるを得なかった。同控訴人は当時妊娠中で、今後も同様のことが予想されたことから、三月二五日の休業を有給休暇で処理できればそのようにしたいと考え、被控訴人に電話した。これに対し、応対に出た被控訴人の担当者は、年休を取ることができる者には被控訴人から年休用のチケットが送付されるから、これがない控訴人芽来未には年休権はない旨述べ、同控訴人の要請を拒否した。

(四) 控訴人芽来未は、瀧本株式会社に勤務して既に六か月を経過しているので、被控訴人から次にタイムカードが送られてくるときには、年休用のチケットも送られてくるものと期待していたが、四月一六日以降の分のタイムカードが送付されてきたときにも、右チケットは同封されていなかった。

控訴人芽来未は、四月六日、一二日、二七日にも体調が悪くて瀧本株式会社を休まざるを得なかったことから、同月下旬ころ、再度被控訴人に電話してこれらの日について年休処理をしてほしい旨申し入れた。しかし、応対に出た被控訴人担当者は、半年で八〇〇時間労働しなければ年休権を取得しない旨述べ、控訴人芽来未の要請を拒否した。

控訴人芽来未はこれに納得できなかったので、六月初めころ、手紙により、被控訴人の営業部長の花井に対し三月一六日以降の休業日を年休に振替処理するよう求めた。これに対し花井は、年休権取得の要件である「全労働日の八割以上」という点は、被控訴人における就業時間を基準にするので、八〇〇時間以上稼働した者でなければ、年休権を取得せず、控訴人芽来未はこれに該当しない旨書面で回答し、同控訴人の要請を拒否した。

(五) 控訴人芽来未は、その後同様の事由で五月一日、一〇日、一三日、二六日及び二七日に瀧本株式会社を休まざるを得ず、これらの日について年休を取りたかったが、右のような被控訴人の対応から、年休を取ることができなかった。

2  労働基準法三九条一項は、「雇入れの日から起算して六箇月継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対し」一〇労働日の有給休暇を与えなければならない旨規定しているところ、右1(一)の事実によれば、控訴人芽来未は平成七年三月一五日の経過により被控訴人に「六箇月継続勤務し」たということができる。

次に、「全労働日の八割以上の出勤」という要件について検討するに、右1に認定の事実によれば、当時被控訴人は、控訴人芽来未のような派遣労働者について、被控訴人における就業日を基準にして、半年間で八〇〇時間就業しなければ年休権を取得しないとの扱いをしていたものである。しかし、労働基準法三九条一項の規定が「全労働日の八割以上の出勤」を年休権取得の要件としたのは、労働者の勤怠の状況を勘案して、特に出勤率の低い者を除外する趣旨であると解されるから、控訴人のような派遣労働者の場合には、使用者から派遣先において就業すべきであると指示された全労働日、すなわち派遣先において就業すべき日とされている全労働日をもって右の「全労働日」とするのが相当である。したがって、被控訴人の右取扱いは、労働基準法三九条一項の規定に違反するものであったというべきである。そこで、右1(一)の事実に(証拠略)を併せると、控訴人芽来未は右六か月間に全労働日の八割以上出勤したものと認めることができる。

したがって、控訴人芽来未は、勤務開始から六か月を経過した平成七年三月一六日の時点において一〇日の年休権を取得したものというべきである。

3  右1の認定事実によれば、控訴人芽来未は、あらかじめ年休用のチケットの交付をうけていれば、タイムカードとともに右チケットを被控訴人に送付して請求することにより、同控訴人が主張する九労働日について年休を取得することができたと認められるところ、被控訴人は、労働基準法三九条一項に違反する取扱いにより、控訴人芽来未に対しあらかじめ年休用のチケットを交付せず、かつ、同控訴人の年休取得の要請を拒否したものであるから、被控訴人は控訴人芽来未の年休権を違法に侵害したものというべきである。そして、この点について被控訴人に過失があったことも明らかである。

したがって、被控訴人の右行為は不法行為を構成するから、被控訴人はこれにより控訴人に生じた損害を賠償する義務がある。(証拠略)によれば、被控訴人の就業規則(一七条<7>)においては、年休により休んだ期間については通常の賃金を支払うとされていることが認められ、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人芽来未の賃金は時給一五〇〇円であり、一日の労働時間は七・二五時間であったことが認められるから、右九日分の通常の賃金額は九万七八七五円であり、この額が右不法行為による損害ということができる。

4  よって、不法行為に基づく控訴人芽来未の請求は、九万七八七五円とこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成八年九月一〇日以降の民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

なお、右の不法行為に基づく損害賠償請求と、有効に年休を取得したことを前提とする賃金請求とは選択的併合の関係にあるものと解され、本件では前者の請求を認容するものであるから、後者の請求については判断を要しない。

第六結論

以上の次第で、控訴人敬光の請求は、時間外労働手当及び深夜労働手当合計三八万三二一四円とこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成八年九月一〇日以降の商事法定利率年六分の割合による遅延損害金並びに労働基準法一一四条に基づく付加金三八万三二一四円とこれに対する本判決確定の日の翌日以降の民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、控訴人芽来未の不法行為に基づく損害賠償請求は、九万七八七五円とこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成八年九月一〇日以降の民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、控訴人敬光のその余の請求及び控訴人芽来未のその余の損害賠償請求はいずれも理由がない。

よって、原判決中反訴に関する部分(原判決主文第三項、第四項)を右のように変更することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 岩田好二 裁判官 橋本昌純)

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